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2008/01/06 「ホテルアソシア静岡」で立食パーティー

というわけで6日日曜日は、市内の「ホテルアソシア静岡」において、弊社の今年度キックオフ大会が賑々しく執り行われたわけだ。百人以上が参加する大々的なものであった。

私は喉を痛めていて、ちょっとしたきっかけで咳き込むので、壇上での大トリの発表を大いに心配していた。だが、それまでノド飴やお茶を摂取し続けて調子を維持し、何とか乗り切ったのである。

しかし、その後のパーティーではタバコの煙立ちこめる中、大声で話し続けているのだから全く現金なものだ。

ところがそのツケは、帰宅後ベッドに入ってからしっかりと払わされた。間断なく激しく咳き込んで、まんじりとも出来ない夜を過ごすことと相成ったのである。

パーティーは立食であり、私はこれが大嫌いである。古くからの読者の方々はよくご存知だと思うが、ご新規の方々のために、そのことを書いた過去の日記を再掲しておく。


2006/01/08 立食パーティー考

立食パーティーである。ことに新年の行事として、今月は多い。
今晩もそのようなものに出て、先ほど戻ったところである。

私はかねてから再三公言しているように、立食パーティー嫌いだ。
嫌いな理由は千ほどある。
立って食べることから始まり、酒はビールは別として後は酷い。

しかしそのビール、今日のテーブルにはキリン、アサヒ、
サッポロと3種類が仲良く置いてある(サントリーは選外。残念でした)。
何で統一せんのか、混ざるだろうが。
[註1 今回もまた全く同様である]

好みに配慮するという気持ちならば、自分の好みを反映して
注げるわけなどない、という立食の掟を知らな過ぎる。
最初の乾杯は、いかに素早くビール瓶を引っ掴んで隣の人の
グラスに注ぐかという、早撃ち競争なのであるから。

今日の私は素早くアサヒSDを引っ掴んだ。
私自身が嫌いなこれを自分で持っていれば、
他の人から注がれる心配がないので。

食事は全く食べる価値がない。刺身。刺身は要らないでしょう。
シズル感がまるでないし、乾くわね。サンドウィッチもパサパサ。
後は和洋中、全くコンセプトも無くごった交ぜである。意志というものがない。

熱くして食べるべきものは温(ぬる)く、冷たくするべきものは温い。
下からポーッと温めるアルコールランプまたはバーナーは、ほぼ飾りである。
お湯で温める装置は、完璧に飾りである。

最初は一見きれいに盛り付けられている。
しかし、4、5人が取った後のボウルは残飯入れかと見紛うばかりとなり、
とても続けて取れるものではない。

しかも、席を離れてわざわざテクテク歩いてテーブルに行って、
場合によっては列に並び、挙句にトングは誰かが持って行ってしまっており、
または持ち手の部分が汚れておりと、まるで人を馬鹿にしている。

戻れば自分のグラスがどれか、既に分からなくなっている。
そうして、席に戻るたびに新しい呑み物を取らなければならない。
運が悪いと自分の居たテーブルの空間が無くなっており、
皿を持ったままジプシーのように彷徨うハメになる。

昨今は職人がつく屋台もお約束で、今夜も鮨とラーメンが出ている。
ホーカーズか、ここは。
[註2 再び、今回もまた全く同様である]
しかも、屋台に出来る列というのは大抵半端ではなく、
並んで貰えるのが握り三つ四つ、小丼のラーメンでは、
救世軍の世話になっている心地がする。

などなど。きりが無いのでこの辺で止める。
そもそも、考えてみれば和室である日本では、
立ったままものを食べるという伝統はあるまい。
いつからか始まった悪しき風習であろう。

しかし、ビュッフェ形式の立食パーティーなどというものは、
果たしてヨーロッパにもあるのだろうか。
よく映画などで立食パーティーのシーンは出るが、
酒もカナッペなどのちょっとした食べ物も、
ウエイターまたはウエイトレスが銀の盆に載せて運んでいるように見える。

普段いただくようなちゃんとした料理を真ん中のテーブルに並べ、
自分で取りに行くのは、日本だけのものではないだろうか。
もっとも、中国の方などは好きそうなスタイルではあるが。

そんなこんなで、今日は(も)貴重な一回の食事を無駄に終えてしまい、
ただただ空しい思いである。
そうして最も嫌いな部分は、何故か後で呑む酒が美味しくないのである。
立食パーティーの謎。 (C)2006 taikomochi



 (C)2008 taikomochi
by taikomochi-otona | 2008-01-06 23:00 | 外呑み | Comments(0)

酒がなくても生きちゃいけるが、そんなん人生とはよう言わん。


by taikomochi-otona