人それぞれ飲食するものの味には好みがあり、ワタクシも然りだ。酒などは嗜好品の最たるもので、美味い不味いは客観的な指標よりも個々人の嗜好、平たく言えば好き嫌いに多分に依存していよう。
したがって自らの好む酒を酷評されたからといって、憤ったり消沈したりする必要は全くない。そんなものか、と達観していればよいのである。ただし、言う方も場の雰囲気には配慮してもらいたい。酷評はいかんね。
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そもそも分からんのは、食でも映画や美術でも、誰かが旨いとか面白いと言っているものを「どこが」みたいに貶める人がいることだ。SNSで増殖したように思う。わざわざそう言う意図は那辺にあるのか。
皆が同じものを好み、嫌うような気味の悪い世界が望みなのだろうか。知りもしないのに知ったようなことを言うな、という考えもあるようだ。しかし美味い面白いに、知るも知らぬもないではないか。
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ただし食でも芸術でも、深く知ることによってより楽しめることは事実である。味覚においては、和食などその最たるものと思う。出汁による繊細な味わいは、ファストフードのパンチの効いた味とは対極にある。
経験を積んで得られる後天的な味覚、「アクワイアード・テイスト (Acquired Taste)」というものがあることは知られている。芸術やスポーツ、あらゆる体験にそうした積み重ねによる知覚の進化があるだろう。
だがしかし、所詮趣味嗜好に関わることである。進化した知覚を持っているからといって威張れもしないし、ないからといって非難される筋合いもない。マックを食べて美味いうまいという人に、茶々入れは無用である。
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書き始めたらつい筆が走ってしまった。焼酎のハナシをする。ご承知のように、拙宅では毎日のように晩酌で呑むのだが、かつては呑んだことのない銘柄の探索に励んでいたものである。
しかし今では当たり外れが怖くて、ほぼ定番の何種類かを求めるようになっている。てか、相当部分の探索を終了し自らの好みの銘柄をほぼ特定した、といったところか。これ以上の探索はコスパが悪い、という判断だ。
銘柄というよりも、蔵元との相性に相関関係が強いようである。芋焼酎では何社か好む蔵元があるが、鹿児島県南さつま市の櫻井酒造有限会社はそのひとつだ。同社の「櫻井」シリーズはいろいろと呑んでいる。
今宵はそのシリーズの中でも初めての酒である。「造り酒屋 櫻井」。無濾過タイプとて櫻井酒造の銘柄のなかではコクと濃厚な味わいがある、と聞いていたが、なかなかにクセがある。
とっつき雑味のようなものが感じられるが、呑み進むうちにその複雑な香味が魅力として受け取れ、飽きない。まさしくアクワイアード・テイストであって、相当芋焼酎を呑み慣れていないと厳しかろう、と思える味わいだ。
ひさびさ、面白い焼酎を呑んだという気がする。そうなると、世にはもっとこういったお宝があるような気がして、またぞろソワソワしだすのである。困ったものだ。 (C)2020 taikomochi